第5話・本当の診断が分かるまで

闘病記

胃がんだと思っていたのに……

韓国から帰国したら、いよいよ胃がんの治療が始まる。

私はそう思ってました。そして、再び病院を受診した私。

胃の不調が続き、検査でも異常を指摘されていた私は、すっかり胃がんだと思い込んでいました。

そう思っていた私に、思いもよらない展開が待っていました。

最初の胃カメラの検査で採取した検体。

その検体を病理の先生が改めて詳しく調べたところ、通常の胃がんとは型が違うのではないか、という疑問が生まれたそうです。

その違和感から再検査を行ったことで、乳がんの可能性が浮かび上がりました。

もし、あのとき病理の先生が違和感に気づかず、再検査をしていなかったら……。

私は、自分が乳がんだということに気づかないままだったのかもしれません。

最初の胃カメラで採取した検体から、思いもよらない病気が見つかるきっかけが生まれたのです。

病理の先生が気づいてくださったことには、今でも感謝の気持ちしかありません。

そして、再び病院を受診しました。

「実は、胃がんではないようです。」

えっ? 胃がんじゃない?

それなら、いったい何が原因なの?

これまで胃がんだと思っていた私には、頭の中が混乱するような話でした。

消化器外科から乳腺外科へ紹介され、詳しい検査を受けることになったのです。

まさか、乳がん?

でも、私には乳房のしこりも、これといった自覚症状もありませんでした。

自分で触ってみても、しこりは感じられません。

胃の症状ばかりが出ていたのに、どうして乳がんの話になるのだろう……。

元看護師だった私にとっても、思いもよらない展開でした。

そして、その日のうちに、右の脇の下にあるリンパ節の針生検を受けることになりました。

涙が出るほど痛かった検査

この針生検が、私にとって本当につらいものでした。

とにかく、ものすごく痛い!

痛みで体に力が入ってしまい、どうしてもリラックスできません。

「力を抜いてください」

そう言われても、痛くて、とてもじゃないけれど力なんて抜けませんでした。

麻酔を追加してもらっても、痛みはなかなか治まりません。

付き添っていた看護師さんからは、

「もう少しなので頑張ってください。少し我慢してください」

と声をかけられました。

もちろん、私だって頑張っていました。

でも、痛いものは痛い。

体をこわばらせながら、必死に耐えていました。

結局、検査は途中で中止となりました。必要な検体は採取できているとのことでした。

それなら、そこでやめてもよかったじゃん……。

私だって、我慢して頑張ったのに。

そんな気持ちが残りました。

そして、検査を受けながら、ふと思ったのです。

もし、私が看護師として、痛みに耐えている患者さんのそばにいたら、どんな声をかけていただろう。

患者さんの気持ちに、本当に寄り添えていただろうか。

これまで看護師として患者さんに接してきた私が、今度は患者の立場になって検査を受けている。

実際に自分が経験して初めて分かることもあるのだと感じました。

検査が終わったときには、もうぐったり。

病気のことだけでも不安なのに、検査そのものも、私には大きな試練でした。

次の受診は、乳腺内科で結果を聞くことになりました。

まだ、私の病気が何なのかは分かっていません。

検査結果を待つ日々が続きます。

主人が連れ出してくれたお泊まり旅行

そんな検査の日々の中、主人が私に言いました。

「落ち着いたら、お泊まり旅行に行こう」

私たちは関東のホテルへ一泊旅行に出かけました。

少し奮発したホテルで、楽しみにしていた食事はバイキング。

料理はどれもおいしくて、特に印象に残っているのがカニでした。

主人は、私が食べやすいように、カニの身をせっせとむいてくれました。

何も言わずに、当たり前のように世話をしてくれる主人。

その優しさが、うれしかった。

部屋からは花火も見えました。

きれいな景色を眺めながら、おいしいものを食べて、主人と一緒に過ごす時間。

本来なら、ただ楽しい旅行の思い出になるはずでした。

でも、私の心の中には、どうしても消えない思いがありました。

私は一体、いつまで生きることができるのだろう。

これからどうなるのか、まだ何も分からない。

そんな不安を抱えながらも、目の前にある時間を楽しもうとしていました。

この頃は、腹水の影響もあり、仰向けに寝るのがつらくなっていました。

そんな私のために、主人は大きなヨギボーを買ってくれました。

少しでも楽に過ごせるように。

主人は、私が思っている以上に、いろいろなことを考えてくれていたのかもしれません。

そして、翌日は主人の誕生日。

私たちは、東京大観音へお参りに行きました。

せっかく来たのだからと上の階まで上がろうとしましたが、途中で息が切れてしまいます。

休みながら、少しずつ上へ。

以前の私なら、こんなことで苦しくなるなんて思いもしなかったでしょう。

体が思うように動かないことを感じながら、それでも自分の足で上りました。

そして、手を合わせて祈りました。

これからのこと。
家族のこと。
自分の命のこと。

そのときの私には、まだ確かな答えはありませんでした。

お参りをしながら、ノートにも自分の思いを書き残しました。

病気のことが分からないまま、診断を待つ日々。

主人と一緒に過ごせる時間がうれしい一方で、いつまでこの時間が続くのか分からない不安もありました。

楽しいことをしていても、心のどこかには、いつも病気のことがあったのです。

診断書に書かれていた言葉

旅行から戻った翌日

休職中だった私は、消化器外科から診断書を発行してもらいました。

そこには、こんな記載がありました。

「胃悪性腫瘍(乳がんの胃転移の可能性あり精査中)」

胃悪性腫瘍……。

その文字を見て、改めて自分の置かれている状況を考えました。

胃がんだと思っていたのに、今度は乳がんの胃転移の可能性?

そもそも、乳房には何の症状もありません。

自分の体に何が起きているのか、まだはっきりしないまま、検査だけが進んでいきます。

診断書が発行された時点でも、まだ確定診断には至っていませんでした。

胃の症状があるのに、胃がんではないかもしれない。

そして、症状のない乳房に、がんがあるかもしれない。

自分の体に何が起きているのか、私自身にも分からない。

そんな状態で、検査結果を待つことになりました。

そして、告げられた診断

針生検を受けてから約2週間後。

追加でPET検査も受けていました。

私は主人と一緒に、検査結果を聞くため病院を受診しました。

そこで告げられたのは、乳がんのステージ4。胃と骨にも転移しているという診断でした。

私は、ずっと胃がんだと思っていました。

でも、実際には乳がんでした。

主治医からは、右の脇の下にあったがん細胞がリンパの流れを通って胃に転移し、そこで症状が出ていたのだろう、という説明がありました。

つまり、私が最初に苦しんでいた胃の症状は、乳がんの胃への転移によるものだったのです。

乳房には目立った症状がないまま、転移した先の胃に症状が現れていた。

だからこそ、私は胃がんだと思い込んでいました。

さらに、主治医から聞いた話に驚きました。

私のように、乳がんそのものの症状がほとんどないまま、転移した胃の症状が先に現れて診断につながる症例は、とても珍しいというのです。

先生のお話では、同じような症例を経験するのは、3~4年に一人いるかいないかというくらい。

主治医にとっても、めったに出会わないケースだったそうです。

まさか、自分がそんな珍しい症例に当てはまるなんて……。

胃の不調から始まった私の病気。

そして、病理の先生が組織の違和感に気づいてくださったこと。

あのとき、もし気づいてもらえなかったら、私はどうなっていたのだろう。

そう考えると、改めて感謝の気持ちが込み上げてきます。

病理の先生が気づいてくださったことが、私の病気を知る大きなきっかけになりました。

その後、改めて病状や今後の治療について説明を受けました。

こうして、私の病気が乳がんのステージ4であることが明らかになったのです。

最初に病院を受診してから、確定診断に至るまで、1か月半

胃がんだと思っていた私が、乳がんという思いもよらない診断を受けるまでには、それだけの時間がかかりました。

6月下旬、治療が始まった

診断が確定し、今後の治療方針について説明を受けました。

私が始めることになったのは、内服と皮下注射による治療でした。

レトロゾール、ベージニオ、デノタス そしてランマーク。

こうして、6月下旬、私は治療を開始しました。

病名が分かるまでの不安な日々は、ひとつの区切りを迎えました。

けれど、診断がついたからといって、すべてが分かったわけではありません。

これから自分の体に何が起きるのか。

治療を続けながら、どんな生活を送っていくことになるのか。

そのときの私は、まだ知りませんでした。

こうして私は、乳がんのステージ4という現実と向き合いながら、新しい一歩を踏み出すことになったのです。


okan
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最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
次回は、治療開始したことを書こうと思います😊
よかったら、また遊びに来てくださいね🌸 


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